去年くらいから思うこと
あまり躍起になって人に説明するのをやめた。いいとか悪いとかじゃなくて、わかってもらおうとする努力を良くも悪くもやめた。
わかる人はわかるし分からないタイミングや事象はあるものです。一生懸命になりすぎると暑苦しい。
残念ながら物事の説明がうまい方じゃない。昔はなんでわかってくれないのだろうと思いながら一生懸命説明した。努力をしたと言えば聞こえはいいかもしれないけれど、押し付けるのに一生懸命だったかもしれない。
(流れる川のように穏やかに静かに、でも決して止まることなく、ただ淡々と為すべきことをしていこう)
これをやめたことで良くも悪くも流れに身を任せることを覚えた。きっと悪い方ばかり目立ってしまってる。「仕方ないじゃないか」という言い訳めいた自嘲が際立つ。これはきっと良くない。ここで断ち切ろう。
良いことは良いしダメなものはダメだ。まだ間に合う。遅いけどまだ大丈夫。変わるに遅いはない。今からだって変われる。流されてばかりもいられないし、そんなの嫌だ。
実家にいると5時に起きるのは容易だ。確かに涼しい。それもある。でもきっと何か違う作用があるはずだ。追求すること、手間をかけること、時間をかけることを恐るな。叱ってくれる人がいるうちに。
朝の散歩に行ったら仕事に出かけよう。